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あぁ今週も誰とも会話しなかった・・・

専業トレーダー。完全無欠の引篭もり。人と一切の関わりを持たない生活。

筋トレを始めたので発言には注意して頂きたい。

筋トレを久しぶりに始めた、諸事情で筋肉を使いたいことが発生したからだ。そもそも僕はアジの開きをリスペクトした様な体系なので定期的に筋トレをしないと寝ている間に即身成仏してしまう恐れがあるのだが、なかなか人間その程度で毎日好きでもないことを続けるというのは厳しいのだ、では何故筋トレをする気になったのか、それは言えない。そんなことは言えるはずがない、それよりも次の事に注意して頂きたい。

次に僕を見かけた際には是が非でも筋肉を褒めて頂きたいのだ、というのも筋トレも1ヵ月ほど続けると自分の中ではそれなりの成果が出てくる、気持ちだけはムキムキだ、タンクトップで外出したい、まあ実際には服を着ているが心はタンクトップに短パンである。

ところがだ、前回3ヵ月ほど筋トレを続けたところで久しぶりに会う友人と食事をする予定が出来た、そいつの第一声がこうだ「痩せた?」、はーーーーーーーー???何言ってくれちゃってんの?痩せてるわけがねえだろおがよお!そもそも体重が40kg台になって危機感を覚えて筋トレ始めてんのにそれ以上痩せるわけがねえだろうが、お前はどこ見てんだ、どこを見ているんだ、目は付いているのか。

どうやら人から見ると全く変わっていないらしい、わざとらしく腕まくりをしていた僕の気持ちは何処へやったらいいのだ、心のタンクトップを脱ぎ捨ててスウェットを着こんで不貞寝である、もう一生寝たまま暮らしてやる。

何故伝わらないのだろうか、体重でいえば48kgが56kgになっているのだ17%増量である、逆を考えれば17%というのは80kgから67kgへの減量だ、この場合は相当周りからちやほやされるだろう、痩せたねと言われまくるに違いない、憎らしい、どうして誰も僕をちやほやしないのか、逞しい大胸筋・・・抱いて!の一言二言三言くらいあって然るべきだ。

もう一度言っておくが、僕は筋トレを始めた、次に僕を見かけた際には何と声をかければ良いか、お願いしますよほんと・・・。

友達の結婚と苗字問題。

また女友達が一人結婚した、困った。僕はコミュニケーション能力を前世に忘れてきたタイプの人間なので、いや前世では既に持っていなかった気がする、さらにその前に忘れたか、君の前前前世から僕は君を探しはじめたよ。こうしておくとJASRACからクレームがくると聞いたのでやってみた。

それでだ、何で困るかといえば、僕のコミュニケーション能力は苗字が変わることに対応できないのだ。例えば今までずっと「おい、中村」と呼んでいたとしよう、僕と中村は仲が良いので呼び捨てだ、ところが中村が結婚して佐藤になったとしよう。これを僕は「おい、佐藤」と呼んで良いのかわからない。僕は中村と仲が良いが佐藤って誰だ、知らない人をいきなり呼び捨てにするのか、かといって「あの、佐藤さん」となるのはおかしいだろう、それでは僕と中村改め佐藤との関係性が変わってしまっている。

中村はまだマシな方だ、山田を山ちゃんと呼んでいたとしよう、ところが山田が結婚して佐藤になったとしよう。さ、さ、さとちゃん?いやいやいや絶対違うだろ、もう呼べない。これがもう君を呼べない現象である。

ではもともと名前で呼んでいた場合は問題が無いのだろうか、確かに、呼び方に関しては何の問題もない、そのまま今まで通り呼べばいい。ところが別の困ったが発生する、新しい苗字が全く覚えられないのだ、しばらく経つと記憶から完全に消えてしまう、だって僕は佐藤には興味がないのだから、佐藤とは何の思い出もない、笑いあったあの夏の日の記憶がない、誰だよ佐藤、覚えられるはずがない。なので、えーと、なんだったかな、あー本当に思い出せないな、困った。となるのだ、こちらの現象は何と呼ぼうか、こうしよう、君の名は。僕が今考えた言葉だ、言いがかりはやめてもらおう。

 

そしてこんなことを書きながら昨日送られてきたメールに書いてあった新しい苗字が思い出せない、岡田、岡島、岡本、岡・・・なんかそんな感じだ、困ったと言いながら覚える気が全然ない様だ、だって愛着がわかないのだもの、彼女はその岡何とかさんが好きなのだろうから良い、僕はどうだ、誰だよ岡何とか、岡何とかが挨拶に来たら覚えてやらないこともない。挨拶に来ないのであればお前の嫁をずっと旧姓で呼んでやる。

 

トランプはガンダムではない。

ダドリー「ハーカー、ウィリアムズ、ドル円ジェットストリームアタックを掛けるぞ」
ハーカー「おお、今年は3回の利上げが適切!」
ウィリアムズ「3月利上げについて真剣な協議が行われると予想!!」
ダドリー「Fairly soonは近い将来を意味する!!!」

利上げ三連星「ジェットストリーーームアターーーーック!!!!」

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いやほんとさ、寝込みを狙って必殺技で攻めてくるとかなんなん?完全に寝てた。

単発では効き目が薄くなってきたからって連携を取ってくるとかずるいわ。

これでトランプ演説で全戻しされたら「俺を踏み台にしただと」になってシナリオ成立だと思っていたのだけれども、あっさり高値を更新してしまった。トランプはガンダムではなかったらしい。

 

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我が忠勇なるドルロング兵士達よ、今やショーターの半数が我らが利上げ発言によって宇宙に消えた。この輝きこそ我等ロングの正義の証しである。決定的打撃を受けたショーターに如何ほどの戦力が残っていようとも、それは既に形骸である。
敢えて言おう、カスであると!
それら軟弱の集団が、この113.00を抜くことは出来ないと私は断言する。
ドル相場は我等選ばれた優良種たるロング国民に管理運営されて、初めて永久に生き延びることが出来る。これ以上戦い続けてはドル相場そのものの危機である。ショーターの無能なる者どもに思い知らせてやらねばならん。今こそドル相場は明日の未来に向かって立たねばなぬ時であると!
ジーク・利上げ!

 

 

はい、すみませんでした、もうしません。何でこんなことしてるかと言えば買えてないからですけどね。

 

ジーク・利上げ!ジーク・利上げ!ジーク・利上げ!ジーク・利上げ!

 

よく書いたで賞

2月初めに毎日何か書いてみようと決めて、今日が月末。

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よく書いた、誰に書けと言われたのでもなく提出の義務もないにも関わらず。宿題の絵日記ですらこんなに毎日書いたことはない、というかほとんど書いていない。昔は自分の考えや思いを人に見られる事がすごく嫌で書きたくなかった、書いたとしても自分が出ないよう気をつけ、その日の行動を時系列に並べていた、業務報告書であるなら部長の印鑑がもらえただろうが絵日記なので担任の花丸はもらえなかった。しかし当然かももしれない、部長に天真爛漫な絵日記を提出してしまう大人と、担任に業務報告書を提出してしまう子供なら、恐らく社会人として上手くやっていけるのは前者である、皮肉なものだ。

そう考えると今の僕はずいぶん自分の思っていることを書いている、自分の考えていることを見てもらいたいという気持ちが多少あるということは否定できない。人は年を重ねると見られたくなるのものなのか、見られることに快感を見出すというのは大人の楽しみなのかもしれない。わかりやすく言えば露出狂である、例えを間違えた様な気はするがもう後には引けない、彼らには若手のものがあまりいない、きっと若輩者はまだ見られるのが恥ずかしいのだ、子供である、それに対して僕は大人であるからして、見られることくらいでは動じない、いや、むしろ見られたい、僕の、恥ずかしい部分を、さあ、見て欲しい。

なにを言っているのだ、ともあれ来月もこのスタンスで嫌がらせの様に書き続けてやろうかと思っている、見てしまった方は露出狂に遭遇してしまったと思って諦めて欲しい。そして出来ればよく見て欲しい、出来るだけしっかり見て欲しい、よく見たうえで悲鳴が欲しい、それは露出狂だ、僕は露出狂ではないのでスターが欲しい。僕と露出狂の唯一の違いは悲鳴の代わりにスターを欲しいがるところである。

アディダスの財布万能説

アディダスの財布という遊びがある、オタクがちょっとカッコつけたことを言ってしまっているのを見つけたときにやる遊びである、例えばこんな感じだ、

「俺オタクだけど流石に女の子から告白くらいされたことあるし普通の人生経験だと思ってる(オタク特有の早口)(親が買ってきたチェックシャツ))(アディダスの財布)(ベリベリ)(瞬足)(コーナーで差をつけろ)」

僕はこの手の遊びを高く評価している、というのもネット上でちょっと気に入らない発言を見かけた時の反応としては無視、さもなければ攻撃、というのが一般的だと感じるのだがこの2つはどちらも相手の発言を受け入れる姿勢が全くない。しかし相手の発言に変な言葉を付けてイジるという行為には相手の言葉を自分の側に引き込んで受け入れてやろうとする姿勢を感じるからだ。

そういった具合で僕もこの姿勢を見習おうと思ったわけなのだ、僕はポジティブメッセージが苦手だ、理由はそろそろ言わなくてもおわかり頂けていると思う、そう、僕がネガティブだからである。どのくらい苦手かと言えば、例えば、

「今日も素晴らしい出会いに感謝。」

このくらいの薄いやつでも厳しい、お母さんハンバーグにピーマン入れたでしょ?!みじん切りにしてもわかるから!入れないでって言ってるでしょ!

じゃあ食べなきゃいいでしょ!と言われるだろう、これが中二の僕なら、あー食べねえよ、俺一生ハンバーグ食わねえから!と言って部屋に閉じこもるであろう、しかしもう大人になったので自分の感覚と合わないからと言って無視したり否定するだけなのは良くないとわかっている。つまりここでアディダスの財布の出番である。

「今日も素晴らしい出会いに感謝(親が買ってきたチェックシャツ))(アディダスの財布)(ベリベリ)(瞬足)(コーナーで差をつけろ)」

これで大丈夫だ、え?ピーマン入ってたの?全然気づかなかったよ!

続けることで僕のピーマン苦手意識も克服されるかもしれない。他にも意識高い系のお言葉や識者の見解など何にでも使える、彼らにどんどんアディダスの財布を持たせていこうと思う。

 

追記

為替ブログ的なことを最近全然言っていないのでトレードの話をしよう。

ニュースなどで自分の持っているポジションと反対方向の見解などを見ると不安になったりしてしまいがちだが、ここでアディダスの財布の出番である。

「利上げ後退でドル、政治リスクでユーロが弱いことから、相対的に円高へ(親が買ってきたチェックシャツ))(アディダスの財布)(ベリベリ)(瞬足)(コーナーで差をつけろ)」

これで僕のドル買いポジションへの不安はまったくない、財布をベリベリさせながら言っているのだ、好きなだけコーナーで差をつけさせれば良い。